「図書館が任意で警察に情報提供していた」というニュースが。
札幌弁護士会は、道央圏にある五つの図書館が、警察から利用者に関する任意の照会を受け、情報提供していたとの調査結果を明らかにした。同会は「本人の同意がない情報開示はプライバシー権の侵害」として、照会に応じないよう全図書館に求める意見書を発表した。
これで思い出すのが、相棒3 第7話 「夢を喰う女」。
日本図書館協会のコメントを見ると
図書館が、利用者の読書記録を第三者に伝える、というシーンを描いたテレビドラマが少なからずあります。このようなことは本来あり得ないことで、ドラマ制作者に図書館の役割が理解されておらず、視聴者に誤解を招くものとして見過ごしのできないことです。
最近では、2004年12月8日に「テレビ朝日」が放映したドラマ「相棒」の中で、図書館職員が犯罪捜査のために訪れた警察官を事務室に案内し、指定された人物の氏名とその借出図書名を表示するパソコン画面を検索して見せるというシーンがありました。
図書館は思想、知識、情報の媒体である図書、雑誌、新聞等を収集、保存し、市民に提供することをもって国民の知る自由に寄与しております。図書館の蔵書を読むことは、憲法が保障する思想、良心の自由、表現の自由を構成する内面の自由に属します。したがって図書館において読書の秘密が守られるためには、第三者の関与や公的権力の介入は厳しく排されねばなりません。
(中略)
上記ドラマと同様のことが2003年11月19日「テレビ東京」が放映した「夏樹静子サスペンス」にもありました。図書館への信頼を損ねたという指摘を受けて「テレビ東京」は謝罪し、再放送ではそのシーンをカットしました。これまでも他のテレビ局において、図書館が警察官を含む第三者に図書館の利用記録を提示するというドラマがしばしば放映され、実名をだされた図書館と自治体の抗議や当協会の要請に応じて、内容の改変や釈明、謝罪などの対応がなされてきました。
今回、「テレビ朝日」は釈明と遺憾の意を表明しましたが、このように同様の事例が繰り返されるのは、問題の理解や対応の経験が当該番組の制作当事者にとどまっている状況の結果であると受け止めざるを得ません。
と、今回のニュースのような描写があり、強く批判しています。
これを受けて局側は再放送をしないことを表明、DVDにも収録されず。
でも、「このようなことは本来あり得ないこと」と言っていますが、現実に起きているじゃないか、と。
このように排除した結果、「図書館において読書の秘密が守られるためには、第三者の関与や公的権力の介入は厳しく排されねばなりません」という「大義」が浸透する機会を失うことにもつながったのではないか、と思うんですよね。
「本来あり得ないこと」などと言って消させるのではなく、「ドラマの中ではこういう描写になっているけれども実際にはそうではない・そうすべきではない」というのが浸透するよう努力すべきだったのではないかな、と。
司書、職員に対する啓発、教育などをどのように行ってきたのかは知りませんが、現実を見ると隅々まで浸透していたとは言えないわけで。
批判するのはいいと思います。「実名をだされた図書館と自治体の抗議」というのもわかります。
でも、フィクション作品に対して「図書館への信頼を損ねた」と指摘したり、内容の改変を求めたりするのは違うと思うのです。
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